新元号が令和に決定したとの発表がありました。

これは私たちの人生のうちで2度、3度しかない様な歴史的な瞬間!

私たちの生活に大きな影響を与えるこの新元号、一体どの様な方が考案しているのでしょうか?

そして一体どの様な方法で決定されているのか?

ひょっとして出来レースではないのか?

疑問が次々に湧いてきます。。。

今回は令和の考案者は誰?新元号の決め方は出来レースだった!?と題してお届けしていこうと思います。

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令和の考案者は誰?


出典:TBS NEWS(アイキャッチ画像共に)

新元号の考案者(発案者)については原則的に公表されていません。

また菅官房長官も、公表するつもりはないと明言しています。

それでは一体どの様にして新元号やその決定から漏れた候補名の考案者が決まったのでしょうか?

そこで平成の時の考案者(発案者)を参考に見ていきましょう。


出典:産経新聞

上の写真は「平成」を掲げる小渕官房長官(当時)です。

この時も政府として誰が考案(発案)したのか?また候補名は何だったのか?ということも公式には発表されていません。

しかしNHKによると以下の様な事が明らかになっています。

元号の選定に深く関わっていた的場順三・内閣内政審議室長(当時)は、これまでの取材に対し、「平成」は、東洋史が専門の山本達郎・東京大学名誉教授が、

「修文」は、中国文学が専門の目加田誠・九州大学名誉教授が、

そして「正化」は、中国哲学が専門の宇野精一・東京大学名誉教授が、それぞれ提出したものだと明らかにしている。


「平成」の考案者
で東洋史専門の山本達郎・東京大学名誉教授

「修文」の考案者で中国文学が専門の目加田誠・九州大学名誉教授

「正化」の発案者で中国哲学が専門の宇野精一・東京大学名誉教授


出典:NHK(上記3枚とも)

これらの3名の方は既に故人となられていますが、共通項がありました。

それは皆さん中国の文化や文学・歴史の大家!

その分野の誰もが納得する資格者だったのです。

  • 山本氏と目加田氏は「日本学士院」の会員
  • 目加田氏と宇野氏は「日本中国学会」の理事長経験者
  • 山本氏は文化功労者

というわけで、今回の新元号「令和」の考案者も基本的には中国の文化や文学・歴史の大家のはずですね。

こちらについてはわかり次第追記していきます。

追記します。

新元号の「令和」については、これまでの様に中国の文書からではなく、日本の文書である万葉集が典拠となっているとのことです。

そうなると国文学者の大家の方が考案者になっている可能性が非常に高いですね。

こちらについてはまた追記していきます。

追記します。

新元号「令和」の考案者として中西進氏の名前が上がってきています。


出典:Yahoo!ニュース

中西氏は国際日本文化研究センター名誉教授で、文化勲章受章です。

専門は万葉集で、日本古典と中国古典に精通していることから、令和の考案者として中西氏の名前が浮上しました。

日本古典の専門家は令和が漢文で書かれた部分から引用されたことから「漢籍に知識のある万葉集の大家といえば、そうはいない」として中西氏が考案者だと示唆した。
引用:スポニチ

なおこの中西進氏は共同通信の取材に対して当初は明言を避けており、3月上旬には「私は関係していない」と否定しています。

政府が公表しないという方針を出している以上、例え本人であってもそれは口にできないですよね。。。

新元号の決め方は出来レースだった?

ところで、新元号の決め方は出来レースではないか?

そう思った方もいるのではないでしょうか。。。

つまり、既にもう新元号案は決定されており、あくまでも形式的に選定手続きを行なったのではないか?というわけです。

新元号を選定するにあたっては、一連の手続きは予め決まっている様です。

そして今回もその様に進んでいた様です。

でも、

スケージュール的にあまりにもタイト過ぎて、どう考えても厳しいのでは?

もう別に答えが決まっている(出来レース)のでは?

そんな気がしてなりません。

この新元号の出来レース疑惑については、こちらで詳しく書いていますので併せてお読み下さい。

まとめ

というわけで今回は、令和の考案者は誰?新元号の決め方は出来レースだった!?と題してお届けしてきました。

 

まだ現在のところ令和の考案者が誰かはっきり判明していません。

これについては徐々に様々な事がわかってくると思います。

またこの新元号の考案・選定に関しては出来レースという疑惑も持ち上がっています。

こちらについては下記の記事を参照してみて下さい。

それでは最後までご覧頂き、どうもありがとうございました。